1990年代には“飯屋が少ない街”が共通認識となっていた秋葉原であるが、2005年頃からのアキバ文化ブームによる大衆化・観光地化が進むにつれて飲食店の数も急増、現在ではエリア内に約500店舗がひしめく状況となっており、密度でいえばグルメタウンといっても差し支えないほどだ。
出店競争の激しさに伴い、賃貸物件の家賃高騰と小規模店の淘汰も歯止めがきかない中で、2013年10月8日(火)、席数10席にも満たない1軒のタコス屋がオープンした。店の名は「BLAISE(ブレイズ)」という。
オーナー店主の遠藤辰巳さんは、平成元年生まれの27歳。グルメバーガーの草分けと評されるハンバーガーショップ「FIRE HOUSE(ファイヤーハウス)」でのスタッフ経験などを経て、若干23歳で「ブレイズ」を開業、以来同店を1人で切り盛りしている。
約7坪のこじんまりとした店内は、映画やアニメのポスターが壁面を飾っていたり、ゲーム関連のキャラクターグッズが置かれていたりと、押しつけがましくない“アキバらしさ”を漂わせるカジュアルな空間。
テイクアウト利用に対応するため、先にレジで会計を済ませる方式の、キャッシュオンデリバリーシステムをとっている。
メニューは、タコス、ブリトー、タコライスの3種類が基軸。なんと、タコスは最安450円というリーズナブルさ!
加えて、不定期で毎月2回提供の「ローストビーフタコス」や、毎月29日提供の「ステーキタコライス」といった限定メニューも豊富だ。
▲ミートタコス¥450-
看板メニューのタコスとブリトーに使用されているトルティーヤ生地は、一般的な6インチサイズの生地よりも二回り以上大きい、10インチサイズの生地!
「ミートタコス」には、スパイシーな自家製タコミートとサルサソース、サワークリーム、千切りキャベツとシュレッドチーズなどの具がたっぷりと!
▲チキンブリトー¥500-
「チキンブリトー」には、細かくカットされたハニーマスタード味のチキンと、固めに炊き上げたライス、千切りキャベツとシュレッドチーズなどの具がたっぷりと!
共に、トルティーヤ生地にくるっと巻かれて・・・
アルミホイルで包んだ、この状態で提供される。重量約300gというボリュームで、食べ応え満点だッ!
でかーいッ!! うまーいッ!!
▲ベジタコライス¥500-
タコライスも重量400g以上という、とてもこの価格帯の商品とは思えないボリューム!
「ベジタコライス」には彩り豊かに、コーン、アボカド、オニオン、パプリカ、キドニービーンズなどなど、約10種類の具材がトッピングされている。
ガッツリ系のグルメが多い秋葉原で、手軽にワンコインで野菜をたくさん摂れるメニューが存在するお店は、実に貴重だ...!
▲バナナチミチャンガ¥400-
日本では馴染みの薄い、Tex-Mex料理の「チミチャンガ」も人気商品のひとつ!
「チミチャンガ」とはアメリカ南西部やメキシコ北部で親しまれている、ブリトーを油で揚げた軽食のこと。同店では食事向けの「ミートチミチャンガ」のほか、デザート感覚で頂ける「バナナチミチャンガ」も提供している。
トルティーヤ生地に、カットしたバナナとシュレッドチーズを乗せて。
くるっと巻いて、高温の油でカラッと揚げて。
仕上げにチョコソースとハチミツ、シナモンパウダーをかけて、バニラアイスを添えた一品だ。
・・・はぁん!! こんなの、デブまっしぐらぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!
カロリーの権化のような、アメリカンな味わいが最高にたまらないッ...!
▲タコスラーメン(ライス付き)¥650-
そして、2014年11月に発売され話題を呼んだのが、この「タコスラーメン」である。
その名の通り、タコス味のラーメンだ。
豚骨ベースのスープにトマトサルサを合わせた、さっぱりとしたピリ辛トマト味に仕上げられており、そこに自家製タコミートをはじめ、トルティーヤ生地を揚げたチップス、プリプリの小海老、スライスオニオンとシュレッドチーズなどがトッピングされている。
時間の経過と共に、スープにタコミートやチーズが溶け込んでコクが増し、段々とこってりとした味わいに変化していくのが楽しいッ!
麺はフライドタイプの中細縮れ麺で、スープと具材をしっかりと持ち上げるので、全体の味にまとまりをもたらす。奇抜でB級な美味さが、なんともクセになる一杯だッ...!
当初は冬期限定だった予定が、好評によりレギュラーメニューに昇格、現在に至っている。
▲スパムとタコスミートのハンバーガー¥800-
さらに満を持してか、今年5月にはハンバーガーの提供もスタートした。
数々のグルメバーガー系店舗にバンズを卸していることで名高い、新宿区にあるベーカリーショップ「峰屋」から仕入れた天然酵母バンズに・・・
自家製タコミートとスパム、チーズとレタスとスライストマトを挟み込んだ、タコス屋「ブレイズ」ならではの食材構成がなされた一品!
食べ応えがありながらも重たさを感じさせないのが特徴で、ペロッと頂けてしまう...!
こちらも発売以来、専門店に引けを取らぬ美味さが話題を呼んでいる。
・・・そんなラーメンやハンバーガーの人気ぶりに、称賛と親しみを込めて「いったい何屋なんだ」という声まで聞こえてくる同店。その個性で年々着実にファンを増やしている印象だが、絶えず変化を続ける特異な街、“オタクの聖地”こと秋葉原での孤軍奮闘には、相応の苦労も伴っているはずだ。
自身も大のゲーム好きで漫画やアニメなどにも詳しいという遠藤さんに、開店の経緯や限定メニューの誕生秘話などについて話を伺った。
▲遠藤さんは東京都江東区出身。筆者はいつからか「エンドゥー氏」と呼んでいる。
――― まずは、秋葉原で飲食店を営もうと思った動機を伺えますでしょうか。
遠藤さん:10年ほど前、もともと10代の頃から秋葉原によく買い物に来ていたんです。当時は今ほど飲食店が多くなかったので、食事の場所に困っている人がいるのでは、と感じていたのが最初のキッカケです。
――― その当時から、自分のレストランを持つことを目標にしていたのですか。
遠藤さん:いえいえ全然。その頃も、秋葉原でお店をやったら楽しいんじゃないかな、くらいの気持ちでした。一応、少しずつ開業資金を貯めてはいましたが、本当にオープンする気があったかというと微妙なような。
▲秋葉原のはずれ、地下鉄銀座線・末広町駅の近くに「ブレイズ」はある。
――― なぜ日本ではメジャーとはいえない、タコス屋を開店するに至ったのでしょう。
遠藤さん:私自身が足を運ぶ中で、「500~600円くらいで、そこそこ腹持ちの良いものが食べられればいいのにな」と思っていました。タコス屋であれば、その想いが実現可能だなと。
――― やはり、ご自身が秋葉原に通われていた経験が影響している。
遠藤さん:そうですね。日本にタコス屋自体が少ないですし、秋葉原なら珍しがってくれる人も一定数いるんじゃないかなって。
――― 地方都市でもラーメン一杯700~800円が当たり前の昨今、秋葉原にあるお店で、看板メニューが450円とは驚異的です。
遠藤さん:基本的には、ワンコイン前後の価格設定を意識してメニューを考えています。手間のかかるものや量が多いものは、さすがに1000円弱になってしまいますが。
――― 秋葉原に集う人たちは、外食にあまりお金をかけないイメージがありますが、そういった面も考慮されての。
遠藤さん:実際に私自身がお金をかけたくないし、食べる時間すらかけたくないんですよ。価格面はもちろんですが、それよりも一番意識しているのは、短時間でササッと食べられることです。
――― 食べる時間すらかけたくない、とは。
遠藤さん:一刻も早く、ゲームがしたいので。
――― なるほど。
遠藤さん:何品も料理を頼まなければならないスタイルのお店では、それだけ食事に時間もかかります。インド料理店のワンプレートセットのように、1品注文すればok!という形がマイベストです。
――― 確かにイタリアンやフレンチのお店では、前菜から主菜にうつって、という段階的な注文が必須です。
遠藤さん:例えばブリトーなどは、野菜が多めで、お米も入っているし、栄養バランス的にも優れている。「これを1個買っておけば、半日はなんとかなるだろ!」みたいな。
もっと言えば、片手で食べられるかどうか、も重要なポイントですね。
――― ピンときました。私は競馬ファンなのですが、競馬場内のグルメも片手で食べられるものが多いんです。なぜならばファンの片手は、常に競馬新聞でふさがっているから。
遠藤さん:そうです。私の片手も、ゲームの操作でふさがっている。
――― なんだかシンパシーを感じます。
遠藤さん:そして最後に捨てる時には、ぐしゃっとまるめてゴミ箱にポイっとやるだけ、が理想的ですよね。ですので、完全に自分自身の好みというか、望んでいたものをお店で出している感じです。
▲食べ終わったら、ぐしゃっとまるめてゴミ箱にポイっとやるだけ。
――― ローストビーフやステーキなど、タコス屋の枠にとらわれないメニューも数多く提供されています。どこから着想を得ているのでしょうか。
遠藤さん:周年記念メニューとして提供したものがレギュラー化したパターンや、なんとなく作って試食してみたら美味しかったパターンなど、様々ですね。
――― 特に「タコスラーメン」なんて、どうやったら思いつくんだろうという。
遠藤さん:『咲-Saki-』というアニメに、タコスが好きな設定のキャラクターが登場するのですが、その作中で「タコスラーメン」という単語が出てくるんです。単語だけで料理の描写は登場しないので、実際に存在したらどんな感じだろうと作ってみたら、結構イケるじゃんと。
――― イケます。
遠藤さん:ありがとうございます。そんなノリで作ったので、すぐに飽きられるかなと思ったら意外に好評で、遂にはレギュラーメニューになってしまいました。作ったこっちが驚いているくらいです。
――― 他にも、そういったメニューはありますか。
遠藤さん:「チミチャンガ」は、映画『デッドプール』に主人公の好物として登場します。これも私が原作からのファンで、試しにお店にある食材で作ってみたら美味しかった、という感じで。
――― 日本では、提供しているお店自体が非常に少ない料理です。
遠藤さん:あとは「チキンブリトー」も、もともとウチのブリトーはミートの1種類だけでしたが、映画『バトルシップ』の作中に登場することを受けて、バージョンを増やしました。
こう振り返ってみると、アニメや映画など、自分の好きな作品の中から着想を得ていることも少なくないですね。
――― 限定メニューが増えると同時に、仕入れ面などのリスクも上がると思いますが。
遠藤さん:1~2年目の頃は正直、固定のお客様がとても少なかったので、結構なロスになりかねない状況でした。食材を1kg仕入れたものの、最初の200~300g以降の注文が全く入らない、という。
今は有難いことにコンスタントに来て下さるお客様が増えたので、使い切れるようになってホッとしています。
――― メニューに、たこ焼きや餃子が名を連ねたことも。
遠藤さん:開店当初は、タコス屋だからタコスっぽさを前面に出さないと、と気張っていたんです。タコスの商品名には、必ず「タコス」の文字をつけるようにしたり。でも、なんだか縛りプレイみたいになってしまって。自分へも含めて、自由な楽しさを提供しないと、お店が面白くならないなと。
▲現在、餃子の販売は休止中。たこ焼きは健在だ。
――― 秋葉原という街で飲食店を開店されて、よかったと思うことは。
遠藤さん:休憩時間にちょっとお店を抜ければ、すぐ近くでゲームや漫画が買えることです。アキバの各店舗で購入した時だけにもらえる限定特典グッズを目当てに、昔から秋葉原に通っていましたから、趣味と実益を兼ねているというか。
あとは、趣味でアキバに通われている方や、近隣で働かれているサラリーマンやOLの方といった、1人客のお客様がメインなので、ササッと食べて帰られる方が多いことですかね。
――― つまり、回転率が良いと。
遠藤さん:いや、私があまり喋らなくて済むな、っていう。
――― それは、接客面で。
遠藤さん:はい。
――― 接客が苦手で。
遠藤さん:というか、他人と話すのが。
――― そもそも会話が。
遠藤さん:従業員も私1人なので、何も喋らなくていいので楽です。
――― ですか。
遠藤さん:だって大体、皆でワイワイ話すのが得意な人間だったら、アキバで1人で、ちっちゃいお店なんか構えていませんよ。
――― ふふ。でもそれはもしかして、秋葉原に集うお客さんたちの側にとっても、心地よい距離感なのかもしれませんね。
▲店内では、ダイバージェンスメーター時計が時を刻む。
――― 逆に、大変だと思うことはありますか。
遠藤さん:客数が、イベントに影響されやすいことですね。秋葉原の街で開催されるイベントだけではなく、例えば「コミックマーケット」のような、秋葉原と繋がりの深い大型イベントがいくつもありますので。イベントがある日とない日で、1日あたりの売り上げに極端な差が出てしまいます。
――― 秋葉原の街は近年、飲食店の増加も著しいです。小耳に挟んだ話では、テナント料の相場が銀座と遜色ない値段になってきているとか。
遠藤さん:ウチは家賃面ではかなり恵まれているほうなのですが、街全体としては個人店舗がやっていくのに、割と最悪な環境だと思います。でもやはり私の場合、歩いて数分の場所でゲームの限定特典グッズがもらえることは、何物にも代えがたい魅力です。
――― 飲食店に対するインターネットユーザーの反応が、社会問題に発展したケースもあります。秋葉原は日本一、ネットにおける口コミ情報が盛んに飛び交う街だと思いますが、そのあたりについては。
遠藤さん:私は昔からインターネットに慣れていますので、煽り耐性が高いといいますか、ネットに対する距離感ができているというか。お店に関するポジティブな意見が拾えると嬉しいですし、ネガティブな発言や間違った情報は、眺めて笑っているくらいのノリなので、楽しくやらせてもらっています。
飲食店が批評の対象になるのは、ネットが一般的になる前から運命のようなものですし、飲食に限らずどんなにいいことをやっても、100人中100人が褒めてくれるものなど、そうそうありませんから。
――― 今後、お店をどんな風に発展させていきたいですか。
遠藤さん:想定よりもテイクアウトの利用客が少なく、店内で召し上がっていくお客様が多いので、とりあえずは秋葉原の範囲内で、もう少し広い物件に引っ越せたらいいなと。
――― というのは。
遠藤さん:現状の席数だと混み合った時に、テイクアウト利用のお客様に、商品を渡すまでのあいだ席に座って寛いでいてもらう、ということが難しいんです。
また、イートイン利用に空席待ちが発生した場合も、すでに食べ終わっているお客様にこちらから退席をお願いするのは、しのびないので。
――― お店が広くなったら、従業員を増やす必要性も出てくるのでは。
遠藤さん:いやいや、1人営業は維持します。今よりちょっと広い所に、ってレベルの話です。
――― 2号店の出店構想などは。
遠藤さん:私が1人しかいないから、不可能ですね。まず、接客の指導が無理です。
――― あの、遠藤さん、面白すぎるんですが。
遠藤さん:今後も“自分の目の届く範囲”で、しっかりとしたものを出していきたいです。
▲ちなみに「BLAISE」という店名に、「特に意味はない」そうだ。
インタビューでは接客が苦手だと話していた遠藤さんだが、常連のお客さんとゲームやアニメの会話が弾んでいることも多く、個人経営店らしい温かな雰囲気が同店にはある。
先にも述べた通り、ここ数年の秋葉原の街は神田青果市場があった時代からの老舗店をはじめ、地域性を持った店舗が姿を消す一方だ。秋葉原に足繁く通う“アキバ民”たちが「ブレイズ」に魅かれているのは、根底に作り手のナチュラルなアキバ愛を感じさせるからだろう。
遠藤さんは「タコスといえばこの人、と言われるようになれたらいいな」とも語っていたが、その未来はけして遠くないように思える。店主の理想と趣味とアイディアを具現化させた、“アキバならでは”の小さなタコス屋から、今後も目が離せない。
【店舗情報】
BLAISE(ブレイズ)
■住所:東京都千代田区外神田3-7-9
■営業時間
月~土:11:45~21:00(L.O)
日祝:11:45~20:00(L.O)
■定休日:不定休
■公式サイト:https://blaise-tacos.com/
■公式Twitter:https://twitter.com/BLAISE01600438