実は「秋葉原」という地名は、秋葉原電気街の中心部からはずれた、台東区に属する小さな一区画にしか存在しない。
一般的に“アキバ”と聞いて連想される、大勢の人でにぎわうエリアは、大半が「千代田区外神田」に属しており、そのために「具体的に、どこからどこまでの範囲がアキバなのか」といった議論も、インターネット上でたびたび起こっている。
筆者的には、「こまけぇこたぁいいじゃんよ」と、脳みそがパラッパラパーな人種ならではの結論で片付けてしまうのだが、本記事で取り上げる「Bar Honest(バー オネスト)」が、“アキバ愛をもった、秋葉原らしいお店”の一軒であることは間違いない。
同店は中心街の喧騒からはなれた、「神田明神」からほど近い閑静な裏通りに看板をかかげる、“紳士のための隠れ家”である。
店主の木立亮さんは、「コミックマーケット」に準備会スタッフとして長年参加するなど、自身の同人活動も含めてオタク歴20年以上。
以前はラーメン屋を営んでいたというが、「秋葉原エリアで、オタク話を肴に腰を落ち着けて飲める、本格的なダイニングバーをつくりたい」との想いから、2014年4月29日(祝)、知人であったオーナーと共に「オネスト」をオープンした。
店内は白とダークブラウンを基調とした、スタイリッシュで気品のある空間。カウンター席が6席と、ソファテーブル席が22席、の計28席だ。
フロアをゆったりと使った、席間に余裕を持たせたテーブル配置となっている。
また、電源、Wi-Fi完備!
二次元アイドルのイラストシートが飾られた壁面は、アニメやゲームとのコラボイベントを実施する際に、キャラクターポスターや、受注生産のキャンバスアートを見本展示するスペースとして使用されるとのこと。
これまでに、TVアニメ『グリザイア』シリーズをはじめ、『ご注文はうさぎですか??』、『月曜日のたわわ』、美少女ゲームブランド「CIRCUS(サーカス)」のタイトルなどなど、多数のコラボレーションをおこなっている。
そして、カウンターの向こう側でまばゆい輝きを放つバックバー(酒棚)には、珍しい国産のスピリッツやリキュールを含めた、200種類以上のボトルがずらりと並ぶ。
たとえば、ある時の「カシスソーダ」には、青森県で栽培されたカシスを主原料にした国産カシスリキュール「望月」がもちいられて。
たとえば、ある時の「ウォッカトニック」には、昨年の日露首脳会談でプーチン大統領にふるまわれたという、お米を主原料にした国産ウォッカ「奥飛騨ウォッカ」がもちいられる。
お酒のビギナーでも名前を知っているような普遍的なカクテルを、プレミアムな一杯にしてくれるのだ...!
加えて、お酒のマニアが笑ってしまうような、遊び心も満載である。
こちらは、「コカレロ」専用のボムグラスに「レッドブル」を注ぎ、イタリア産の黒色リキュール「オパールネラ・ブラック・サンブーカ」をあわせた、見た目も味も強烈な一杯。
「暗黒物体」と命名されている。
さらに特筆すべきは、フードメニューのこだわりぶり。なかでも、ほぼ全てが自家製という肉料理がすごい。
▲チャーシュー¥1500-(※ハーフサイズあり)
“もとラーメン屋の店主”だからこその一品「チャーシュー」は、図抜けたインパクト...!
まるで、切り株である。
豚バラ肉を6時間煮込み、同じく6時間、醤油ベースの甘辛タレに漬け込んで、そこから2日間寝かせて仕上げたものだそう。
この1本1.8kgほどの肉塊を、5分の1サイズに豪快にぶった切ったものが、ひと皿で提供されるのだ。
重量300g超。まるで、切り株である。
ほろほろっとやわらかく、かつ肉々しく、脂身はとろっとろの食感。醤油タレが染み込みまくっており、実に味わい深い。
むほぉぉぉぉぉーーーーー!!! たーーーーーまらんッッッッッ!!!!!
▲ローストビーフ丼¥1000-
自家製ローストビーフを贅沢にオンザライスした「ローストビーフ丼」も、人気メニューのひとつ。
絶妙な火入れによって、美しいピンク色に仕上げられたローストビーフからあふれ出す、上質な赤身肉の旨味に、心がぴょんぴょんするような幸福を感じることは、言わずもがなだが。
フルーツビールをベースに、醤油やニンニクをあわせて煮詰めたという特製タレの、可憐なる甘味と酸味が、より一層、肉のうまさを引き立てているのだッ...!
この味わいは、まるで、美少女である。
ピザにだって、お肉がたっぷり!
▲鶏モモと葱と塩昆布のピザ¥1200-
「鶏モモと葱と塩昆布のピザ」は、チーズをしいた生地に、鶏モモ肉と長葱、塩昆布と海苔と糸唐辛子をトッピングして、大葉につけ込んだ醤油を回しかけて焼き上げた、オリジナル和風ピザだ。
ふわっと鼻を抜ける、焦げた醤油の香りと海苔の風味が、なんとも素敵ッ...!
ピザ生地は9インチ(直径約23cm)の大きめなサイズで、しっかりとした厚みがあるため、食べ応えも満点である。
▲イタリアンソーセージと野菜のピザ¥1200-
今年8月からの新メニュー「イタリアンソーセージと野菜のピザ」は、その名のとおり、野菜もふんだんにトッピングされた、満足度の高い一枚だ。
トマトソースとチーズをしいた生地に、イタリアンソーセージと、ナスとパプリカとズッキーニをトッピングして焼き上げ、オレガノとバジルソースで仕上げたという内容ッ...!
3~4人で取り分けてちょうどいい、くらいのボリューム感がある。コストパフォーマンスの面でも素晴らしい。
・・・こうした唯一無二の個性と独自路線で、多くのファンを獲得してきた「オネスト」であるが、今年8月、オーナーさんが別の方に交代されたのだという。今後のお店の方針も含めて、木立さんに開店までの詳しい経緯や料理へのこだわりなどについて話を伺った。
▲木立さんは青森県出身の39歳。『ドリフターズ』のグッズの「織田信長アロハシャツ」を愛用中。
――― 今年8月にオーナーさんが変わったとのことですが、以前となにか変化していくことはありますか。
木立さん:当面のあいだ、平日のランチ営業(11:30~14:00)と、週末の深夜営業(~翌4:30)を休止することになりましたが、お店の基本的なスタンスは変わりません。
――― アニメやゲームとのコラボレーションも継続して。
木立さん:営業時間が短くなったぶん、逆にコラボなどのイベントはもっと力を入れていこうと考えています。あとは、毎月29日の“肉の日”に、珍しいお肉を使った特別なメニューを販売する予定です。
――― 特別なメニューといえば、3年連続で大晦日にラーメンを提供されています。
木立さん:ラーメン屋をやっていた頃に、特注の麺を作ってもらっていた製麺所さんから、再び麺を仕入れさせてもらえましたので、以前とほぼ遜色ない味が再現できるのです。
ウチで蕎麦をだすのもなんだし、年越しラーメンでもやるか、という感じで始めたら、ありがたいことに好評をいただきまして。
――― ラーメン屋は、どちらで営業されていたのですか。
木立さん:新宿区の上落合です。「ラーメン すなお」という屋号を掲げていました。
――― 開店された経緯というのは。
木立さん:もともと飲食業とは関係のない会社に勤めていたのですが、その当時、趣味でラーメンの食べ歩きをしていたのです。年間で300杯ほど食べ歩いていました。
――― すごい。300杯ですか。
木立さん:いまはなつかしき「mixi(ミクシィ)」の日記で、食べ歩きの記録をつけながら。
――― 最近でいうと、ラーメンブロガーですね。
木立さん:末広町の「元祖一条流がんこラーメン 八代目(※2014年閉店)」にもよく通っていたのですが、ある時に店主さんから、「自分の弟子が、一身上の都合でお店をたたむことになってしまったので、あとから入れそうな人はいないか」という相談を受けたのです。
――― はい。
木立さん:「がんこ」の味のファンでしたし、知人からの勧めなどもあって、私自身がやってみようと思い立ちまして。飲食店での実務経験は持っていましたが、本格的な修業というのは初めてでしたので、短期間で猛勉強をしました。
――― 豊富な食べ歩きの経験は、お客さん目線の下積みとして機能したのでは。
木立さん:開店できたのは、その点も大きかったかもしれません。
――― 店名が「がんこ」の真逆の、「すなお」というのは。
木立さん:「がんこラーメン」系のお店は、ガツン!と印象に残る、しょっぱめのスープに仕上げるじゃないですか。私は味の方向性的に、「毎日食べられるような味わいのラーメンを提供したい」と思いまして、そんな意味も含めて「すなお」にしました。
――― 営業されていた期間は。
木立さん:約2年間です。ランチタイムだけ2日に1回ほど、洗い場にアルバイトさんに入ってもらったりもしましたが、ほぼ1人で営業していまして。
――― コミケスタッフの活動と両立させながらでは、まともに睡眠時間もとれなさそうな。
木立さん:まさしく、体調面でドクターストップをくらってしまいました。ちょうど物件の契約期間が切れる時期と重なったこともあり、しばらく休店することにしたのです。
そのタイミングで、ラーメン屋の常連客でもあった前オーナーから、「お酒を扱うお店をやってみたい」という話を持ちかけられました。
――― 今の「オネスト」のはじまりですね。
木立さん:私の店長業務としては、料理の仕込みや事務系、コラボイベントの調整などが主な仕事で、メインでホールに立たない、という構想でしたので、体力的には持ちそうだなと。
あとは、接客が苦手な性格ですので、裏方がメインというのは、いいお話かなと思いまして。
――― 接客が苦手、ですか。しかしラーメン屋さんは、ほぼ1人で営業されていたと。
木立さん:はい。
――― 接客、あるのでは。
木立さん:いや、その、はは。券売機って優秀ですよね。
――― 優秀ですよね。
木立さん:会計の間違えもないですし。
――― ちなみに、「オネスト」の店名の由来は。
木立さん:「すなお」からの連想だったりします。
――― オーセンティックなスタイルのバーの要素を持ちながら、料理にもこだわられています。
木立さん:お客さんに食べてもらうものなのだから、自分が完全に納得のいくラインまではやりたいなと。
――― 具体的には。
木立さん:ひとそれぞれ、どうしても味の好みが分かれるとは思いますが、「これだったら、誰にでもおいしいと感じてもらえるのではないか」、という仕上がりを常に目指しています。
――― 究めるほどに修羅道、に思えます。
木立さん:「好みじゃない」って言われてしまったら、とてもショックなので。
――― ローストビーフも、現在の形になるまでに、かなり時間を要したと。
木立さん:牛肉のどの部位を用いるのがベストなのか試し続けて、最終的に、「シンシン」という部位にたどりつきました。
▲「シンシン」は内モモと外モモの中心にある「シンタマ」という部位の、さらに中心部にあたる“芯の芯”。1頭からごく僅かしか取れない希少部位だ。
▲脂肪が少なく、非常にキメ細かくやわらかい肉質が特徴。
――― 塊肉の状態は、はじめて目にしました。
木立さん:お肉屋さんと相談しながら、一番しっくりくる火の通し具合を探しました。オーダーカットになってしまうので、定期的に仕入れられる状態までもってこれたのは、開店してから2年が経過した頃でした。
――― 「シンシン」を使用する以前は。
木立さん:ランプ肉の脂身をそぎ落としてもらって、仕入れていました。そのぶん、仕入れ値が高くついてしまいましたが。
――― 妥協せず、惜しみない努力を。
木立さん:なんと言いますか、オタクはなにかしら勝手にこだわってしまう人種ですので、客観的に突き詰めているように見えるだけかなと。
――― アダルトゲームとのコラボレーションも頻繁におこなわれていますが、どういったキッカケで開始されたのでしょう。
木立さん:もともと、こうしたアニメやゲームとのコラボイベントで、一般的なコラボカフェにはできない、1品1品に手間をかけたものを作りたい、という想いを持っていました。
――― 色味や、かわいらしい装飾だけでなく。
木立さん:コストを考えると仕方のない面もあるのですが、特にドリンクは、飲みやすく甘くするために、どうしても、どれも似たような味わいになってしまいがちです。
――― そう思います。
木立さん:ですが、アニメ『グリザイアの果実』とのコラボ依頼を受けた際に、先方に、「思うように作ってほしい」と言っていただけて。キャラクターごとに、イチからカクテルのレシピを考えました。
――― すべて、本格的なカクテルを。
木立さん:完成したものも気に入ってもらえたので、原作の続編などが出た際にも、継続してコラボをしましょうというお話になりました。
――― 『グリザイアの果実』はアニメは全年齢向けですが、原作は青年向けタイトルのゲームですよね。
木立さん:『グリザイア』シリーズ通してのコラボに決定したのが、ほかのメーカーさんともコラボをするキッカケになったと思います。
――― 大手チェーン店などでは、全年齢向けタイトルでないとコラボ自体が難しいですから、貴重な場であると思います。
木立さん:友人が広報を担当している「サーカス」さんとも、よくコラボさせてもらっています。
――― コラボを開始してから、どういった反響がありましたか。
木立さん:ウチは秋葉原の中心街から離れた「明神下」にあり、ふらっと歩いて気付いてもらえる場所ではないため、コラボのおかげで、お店を知ってもらえる機会がグンと増えました。
――― たしかに、通りを1本挟んだだけなのに、知らないと見つけられない場所かもしれません。
▲かつて花街だった「明神下」には下町風情が残り、“一般観光客がイメージするアキバ”な雰囲気は感じられない。
▲同店がある「明神下中通り」周辺も、静かな住宅街といった印象だ。
木立さん:そういった意味でも、同じ趣味を持つ大人ばかりが集まるお店なので、青年向けタイトルをあつかうのには適役かなと判断しています。
――― なるほど。
木立さん:また、私と同じオタクの人たちに対して、バーもそんなに敷居が高いものではないよと、知ってもらえたらいいなとも思っています。
キャラクターのオリジナルカクテルを作ってほしい、という要望にも気軽に応えていますので、今ではそれを目当てに足を運んでくれる常連さんも多いです。
――― 初見で1人で来られる方もいますか。
木立さん:もちろんです。バーテンダーも同じ趣味を持つスタッフが集まっていますので、カウンターで課金ガチャをまわしながら、「いいのが引けたら乾杯だ!」、なんて会話が繰り広げられたり。
――― ふふ。
▲スマートフォン向けアプリゲーム『Tokyo 7th シスターズ』、通称“ナナシス”をプレイ中。
――― 秋葉原でお店をやって、よかったと思うことはありますか。
木立さん:自分が普段から趣味で通う街、好きな街であるのは言うまでもないですが、高校卒業後に上京した頃からぼんやりと、秋葉原でなにか商売ができたらいいな、と思っていました。
「ラーメン すなお」の頃も、こっちにいい物件があれば、見つかりしだい、移店しようと考えていたほどで。
――― 体調を崩されなければ。
木立さん:あとは、「秋葉原のお店ならではのコラボイベントがやりたい」という想いも以前から持っていましたので、それが実現できていることは嬉しいですね。
――― 逆に、大変だと思うことはありますか。
木立さん:土地のくくりの問題もあるのですが、全般的に、お店同士の横のつながりが無い、という点です。
――― 飲食店同士でも、ですか。
木立さん:あまりないですね。多様なコンセプトのお店が雑多に集まっていますし、同業種の線引きが難しいというか、どう声を掛け合えばいいのか分からないというか。お店の入れ替わりが激しい、という理由もあります。
――― 秋葉原の“趣都”のイメージは、横のつながりを連想させますし、意外に思います。
木立さん:ですので、本当の意味で、地域に根ざした商売を目指したいなと、町会の行事に積極的に参加したりもしています。
――― 「芳林公園」でおこなわれた納涼祭りでは、焼き鳥の販売を担当されていたそうで。
木立さん:そうなんです。タレもウチで作りました。
――― なんと。
――― 今後、お店を通してやりたいことや目標はありますか。
木立さん:秋葉原の街全体を使った、コラボイベントを実現させたいなと思っています。
――― 特定の作品で。
木立さん:いえ、ライトノベルであれば作品の全シリーズだったり、はたまた、ひとつの出版社まるごとだったり、もっと大きな規模でできたらいいなと。たとえばの話ですが、『ドラゴンクエスト』の場合だと、「こことここのお店は3、こことここのお店は5」と、店舗ごとに作品をふりわけて。
――― パパスめぐりが楽しそうです。
木立さん:「ぬわーーっっ!!」って。
――― 「ぬわーーっっ!!、この料理おいしい!!」って。
木立さん:それこそ国盗りゲームなどは、どこのお店はどこの国、といった具合で広く展開できる可能性があると思います。そうして、秋葉原エリアの全域がイベント会場になって、盛り上がればいいなあと。
小さなお店同士が協力して、作品を理解したうえで作った、本当の意味で秋葉原らしい、大規模なコラボイベントが開催できたら理想ですね。
秋葉原はよくも悪くも変化の激しい街で、もう一歩踏み込んでお店のことを知る機会、お店のあらたな魅力に気付ける機会、という場がなかなか少ないように感じる。特に近年は、独自の地域性を持った店舗が激減しており、“オタクの聖地”がただの概念になってしまう、ただの販売所になってしまうのではないか、といった懸念すら聞こえてくる現状だ。
木立さんのお話からは、語り口はとても静かで穏やかだけれども、愛する秋葉原の街をもっと楽しくしたいという、熱い思いが伝わってきた。
筆者が「オネスト」に一歩踏み込んで見たものは、まさしく店主の、「Honest=実直・誠実」であった。
【店舗情報】
Bar Honest(バー オネスト)
■住所:東京都千代田区外神田2-6-4 外神田金村ビルB1F
■営業時間
火~金:18:00~23:30(L.O 23:00)
土:17:00~23:30(L.O 23:00)
日祝:17:00~22:30(L.O 22:00)
■定休日:月曜(※祝日の場合は営業、翌日休み)
■公式サイト:http://honest-akiba.com/
■公式Twitter:https://twitter.com/BarHonest